泣いたのは赤ちゃんより父だった

「立ち会うよ。絶対に」

妊娠が分かった日、夫はそう言った。
その言葉は頼もしく聞こえたし、何よりも嬉しかった。出産は人生で一番大きな出来事。怖さも不安もある。だからこそ、隣にいてくれると言ってくれたことが心強かった。

ところが、妊娠後期に入る頃から様子がおかしくなった。

「立ち会いって…血とか見るんだよね?」

急に弱気になり始めたのだ。

出産動画を一緒に見た日、夫は途中で動画を停止し、しばらく無言になった。
「いや、俺は大丈夫。うん、大丈夫」
そう言いながら、明らかに顔色が悪い。

そして迎えた出産当日。

夜中の2時、規則的な痛みが始まった。病院へ向かう車の中、私は陣痛の波に耐えながら呼吸を整えていた。一方の夫は、必要以上に安全運転だった。信号が青になっても発進しない。

「行って…お願いだから行って…」

私のその一言で我に返ったらしい。

病院に到着し、分娩室へ。
助産師さんが穏やかな声で説明してくれる中、夫は妙に静かだった。
手を握ってくれているけれど、少し冷たい。緊張しているのが伝わってくる。

陣痛は想像以上だった。時間の感覚が消えていく。
「もう無理かも」
何度もそう思った。

そのたびに、夫は「大丈夫、大丈夫」と言い続けてくれた。
でもその声は、だんだん震えていった。

そしてついにその瞬間が来た。

赤ちゃんの産声。

「おぎゃあ」

世界が変わった気がした。
涙があふれた。やっと会えた。やっと終わった。

そのとき、隣から聞こえてきたのは――

嗚咽。

「うっ…うぅ…ありがとう…ありがとう…」

夫が号泣していた。

助産師さんが「元気な赤ちゃんですよ」と声をかけてくれているのに、夫はそれどろではない。
私の手を握りしめながら、ひたすら泣いている。

「本当に…ありがとう…頑張ったね…」

その姿を見て、私は笑ってしまった。
さっきまで必死だったのに、急に可笑しくなった。

後から聞くと、夫はずっと怖かったらしい。
私が痛みに耐えている姿を見て、何もできない自分が悔しかったという。

「命が生まれる瞬間って、あんなにすごいんだね」

退院の日、夫は赤ちゃんを抱きながらそう言った。
あの日、分娩室で一番泣いていたのは赤ちゃんじゃなく、間違いなく夫だった。

でもそれが、家族が始まった瞬間だった。